ごきげんよう。
物理的に見えないものを見て感じて共有できる人がたくさんいてくれるから、
もう孤独ではない中込あいです。
Aさんが、可愛い小さな絵画をくれました。
その絵の作家さんの展示のテーマが
「ここに在るけれど触れられないもの」というようなニュアンスの名前でした。
正確ではないと思うのでごめんなさい。
でも、「確かにそこに在る。けれど触れられない。」
これはいつも私が霊視の時に感じる確信と切なさを
一言で表現してくれているなと思いました。
この絵のタイトルは「ギュッ」だそうです。
え、ちょっと待って。。。
ワラシにそっくりやん(笑)
ワラシの肖像画じゃんもはや(笑)
なんか王宮貴族みたいだぞ、エラそうに。。
そう、確かにここに在るけれど触れられないもの、
私もそれをいつも抱きしめています。
亡くなった方とのお話しは簡単なことです。
なにも特別なことではないです。
クライアントさんの亡くなられたご家族から伝えたい事を伝えさせていただく事も、
鑑定セッション中によくやっています。
「亡くなった母はなんて言ってる?」とか気軽に聞いてね。
気軽に通訳するよ。
亡くなった動物の家族の想いだってもちろん伝えるよ。
亡くなった方は普通に呼んだらあなたの近くに来るよ。
そんなの当たり前のことだよ。
だから私はよく母と、
「死んだらこの辺のこと見てきて!」とか「死んでも仕事手伝ってよ!」
とかよく言っています。
肉体が死んでも魂は呼べばすぐそばに居てくれるのは、当たり前の事なんです。
だけどね、死んだら、触れられないんだ。
物理的に触れないんだよ。
それって肉体を持った人間でいる間は寂しいよ。
肉体持ってるから、どんだけ確信持って魂を感じる事ができたって、
寂しいのは当たり前の事なんだよ。
だから私は、生きてる間はなるべく触って抱きしめたいと思っています。
生きている間は「ギュッ」ってするから。
今しかできないからね。こればっかりは。
読んでくれてありがとう。
あいの祝福をあなたに
コメント
“ギュッ” とっても素敵。
そう…どんなに近くに居るとわかっていても触れることができない
温もりを感じることができない、
鼓動を感じることができない。
もう肉体の痛みや苦しみから解放されていると知っていても、
触れることができないのは辛いです。
互いに肉体を持って存在している時間が貴重だったと気付かされます。
“ギュッ” ほんとに素敵。
亡くした人の温かさとか匂いとか、一瞬なら体感でも感じられるかもしれないけど
やっぱり生きているからこその体感ですよね。
魂と対話できるからいつ死んでもいい。かもしれないけど、
魂と対話できるからこそ、「今」をもっと大切にできるようになるのが
本当にバランスの取れた悟りかもしれませんね。。
先日の鑑定を思い出して、切なくなりました。そういえば、亡くなるまでのあいだ、無意識でしたけど、ずーっと肩とかさすっていたな…。って、思い出しました。
触れることができなくなるのをわかっているように…。
ヒーリングは遠隔でもできるけど、
やっぱり直接触れるエネルギーは・・・その時だけの特別なものですよね。
お義母様はお啓さんにたくさん感謝していたから、しっかり届いていましたね。
きっとどれだけ触れていても、後悔したり足りないって思ったり
寂しいって思うのは自然なことだよね。きっと。