ごきげんよう。
タイトルは私ではなくスージーパイセンの名言です。中込あいです。

定期的にスーさんと密会をしています。
雑談の中でペロッと名言が飛び出すのでいつも録音するようにしています。
今回は名言が飛び出た部分の録音を聞きながら
それを切り取ってお届けしますね。
「自己肯定感」って何やねん??
という迷宮にハマっている人にお届けします。

『自信』て、持とうと思って持てるもんでもないんだけどさあ、
自己肯定感ていうのは、高いから良いんじゃなくて『ちゃんと見れているかどうか』なんだよね。
おかしいでしょ?
ちゃんと自分を見ることができていないのに、
馬鹿みたいに自己肯定感だけ高い奴って、
自分のことあまり好きじゃないんだろうなっていう感じがしちゃうんだよ。逆にね。
そりゃあ、自己肯定感は低いよりは高い方が良いとは思うけど、
何が正解かっていうと、
やっぱり『自分を直視できているかどうか』なんだよね。

ほらまた、、名言が出てきたよ。(笑)

(笑)いやほんと、「高さ」じゃないんだよ。
『等身大の自分が見えているかどうか』なんだよ。

自己肯定感を全面に出しているのに、違和感がある人っているもんね。

その違和感わかる。多いよね。初期によくあると思うよ。

一生懸命、自分を肯定しているその努力も分かるし、素晴らしいと思うけど、
なんて言ったらいいんだろう・・・この違和感って・・・
『魅力的に見えない』んだよね(笑)
『わあ素敵!この人みたいになりたい!』って感じが出せてないっていうか・・・

あ〜・・・やっぱりそれは、『自分でそう思ってない』んだよね(笑)

そうだね。それってやっぱり、本当に自分を直視できていないってことだよなあ。
そういう人が自分のダメなところを分かっているように言ってたとしてもさ。。

うっすら顕示欲が滲み出てたりするよね。(笑)

そうそう、丸見えだよね(笑)
そんで、そういうタイプの人(自分を直視できていないのに自己肯定感だけ高く見せている人)の言葉って、ハリボテみたいなんだよね。
自分の中から出てきたように思えないから心に響かないんだよ。
自分が発信したいものと向き合おうという土台がないと、
どうしても発するエネルギーが浅くなるよね。。

そういうタイプは多すぎて笑っちゃうよね。。
まあでも、お客さんや読者さんにそれぞれ何かヒットする影響を与えているなら
それはそれでいいんじゃないかなと思うよね。



コメント
沁みます。
私はハリボテ感がある方を「後もう一歩期」と呼んでいました(笑)
ハリボテ感て本人は気づきにくいけど、傍から見ると一目瞭然なんですよね。
私ぐらい低かった、なかった人だとハリボテ期を経ないと、自己肯定感の充実期へ移行できなかったりしますし・・・。
自分も通ってきた道で、今も精進中。
開き直りじゃなくて、驕らず、いい所もダメなところもひっくるめていいね、と認めて直視して深めていける自分でありたい。
「後もう一歩期」という呼び方、優しいw
これは自重も込めていて、私も自分を客観視しながら常に精進中です。
お互いに進化していこうね。
でもさ、かなり自然体になってきてると思うなあYUKAちゃん。
すごく「なるほど!」って膝を打ちました。
お二人のこの日の話題は「馬鹿みたいに自己肯定感が高い人」でしたが、それとは逆の「自己肯定感がやたら低くてうじうじしてる人」も、自分を直視することから目を背けて課題から逃げ続けてるから変われないんだなって納得できました☺️
Cちゃんの心の琴線に触れられて嬉しいな。
本当だ、おっしゃる通りだと思ったよ。
自己肯定感が高すぎるのも、低すぎるのも、自分を直視していないってことだね。確かに。
人間ってつくづく、生きている限りバランスを取り続ける生き物だし
自分を見つめるところから全ては始まるんだね。。